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落選論文~何も変わらない日本に対して~その2
"2.まず、真の行政改革を!!

今年1月、日本の行政機構は1府12省に再編されました。しかし、その実態をみるかぎり、大きな変化はありません。官僚たちに変化が見られないのです。

 今、無党派層といわれる人が増えつづけています。無党派層が増えている要因はいろいろ考えられますが、その大きな理由の一つは、「誰が政治家になっても何も変わらない」、と多くの人が思っているからです。結局、政治家は権力争いに明け暮れ、実際に国を動かしているのは官僚であり、政治家が役人をコントロールできるだけの知識や見識がないことを、国民は見抜き、政治に対してあきらめの気持ちを抱いているのです。

 確かに、これまで欧米という目標があり、そのための戦略を考えてきた官僚は、戦後日本の復興、繁栄に大きな役割を果してきました。もちろん、今でも日本の将来を真剣に考え政策を立案している官僚も少なくありません。しかし、将来の目標を失い、自分たちの手で未知の世界を切り開いていかなければならない今日、官僚の役割、政治と官僚との関係は大きく変えていかなければなりません。

 官僚には2つの大きな本質的な、構造的な問題点があります。ひとつは「先送り体質」。解決困難な問題があると、それを後回しにしようという体質があります。

 官僚は、選挙で選ばれた人ではなく「試験で選ばれた」「試験には強い」「試験をこなすのがうまい」人たちだからです。問題が10問出されたとすると、難しい問題は後回しにして、簡単な問題から解いて最低70点取ろうとすることが身についているのです。即ち、難しい問題を本能的に先送りすることがしみついているのが官僚であり、現在、待ったなしの状況に追い込まれている不良債権の処理や社会保障の問題にしても、難しいという理由で後回しにしてきたツケが回っているのです。

 もうひとつ、官僚には「責任回避」の体質があります。私の経験でいえば、官僚になった瞬間から、知らず知らずのうちに「責任をとらない」ことを徹底的に教えられるといっていいでしょう。

この点、時間のかかる中央官庁の意見決定システムは実にうまくできているのです。課長補佐の我々が案を作り、直属の課長と相談し、それからも総務課の課長補佐、総務課長、次長、部長、局長・・・・とずーと相談、相談の連続です。それぞれの段階でチェック機能が働くという利点はあるにしても、ものすごい時間がかかる。タテ割り主義で、本来責任体制が明確になるはずなのに、上に上に上げていくうちに、誰が決定したかわからなくなってしまうのです。うまくリスクを分散し、誰も責任をとらないと言う構図になっています。

そして、「省あって国なし」、自分の「局あって省なし」という言葉がありますが、官僚にとっては自分の権限を増やすことが最大の目標です。新しく権限が増える(規制を増やす)法律を作った人や、予算を多くって取ってきた人が出世をする仕組みです。当然、自分の非を認めて他の省や部署に権益を譲るなどという発想は、官僚である限り最初に否定されるべき考え方なのです。

 今、規制緩和の必要性が叫ばれながらなかなか進まない状況にありますが、それもこのような官僚の悪しき体質が邪魔をしているからです。権益意識が強い官僚は、自分たちがやっとの思いで“増やした”組織や法律、予算などが削られるのはもってのほか。ありとあらゆる手段で徹底的に抵抗しようとします。そして、残念ながら、こうした官僚体質をコントロールできる政治家はほとんどいない。これが、日本の元凶です。

 省庁再編にあたって、政務官と副大臣が従来の意志決定のシステムを変えてくれると期待しました。特に、政務官に、若い活きのいい政治家が登用されることを期待しておりました。そして、官僚から上がってきた案とは別の視点、特に一つの省の利益ではなく、日本全体の利益という視点で判断する。そうなれば、議論も活性化するし、官僚の意識も変わるとばかり思っていました。しかし、政務官も当選回数に従った派閥順送りにしてしまったため、結局、ポストが増えただけで何も変わらなかったのです。今回の組閣でもっとも注目すべきは、政務官人事です。

 今後、どうすればいいのか? 政治が官僚に対抗できる政策をもつことです。そのためには、国会の政策スタッフを充実させなければなりませんし、各政党がシンクタンクを持つことも必要です。政党助成金はそのような政策立案に使われるべきではないでしょうか。そして、官僚が独占している情報をどれだけ公開できるか。政策立案のための基本的な情報を得るためにも、情報公開を徹底しなければなりません。

さらに、「国家」公務員であることの基本に立ち、各省庁毎の採用をやめて、全省庁一括採用のシステムも検討が必要です。




3.個性ある地域づくりのために

(1)交付税、制度が地域の自立を阻む ~一人当たりの予算が一番多い県はどこ?~
 皆さん、住民一人あたりの予算がもっとも多い県はどこかわかりますか? おそらく多くの方が、人口が多く企業が集中している東京都だと答えることでしょう。しかし、正解は、意外なことに「島根県」なのです。島根県は、人口も少なく、県民所得も高くはありません。ところが、住民一人当たりの予算を比べた場合、紛れもなく日本一高い県は島根県なのです。
 なぜ、こうしたことが起こりえるのか。島根県の財政構造に何か秘密があるのでしょうか? 答はNOです。第一に政治力です。国のことより地元のことを優先に考える「政治力」です。今後の国のあり方を考える「政治」ではなく、地元にいくらお金をとってくるかという「政治」力なのです。
第二に国からの交付税制度そのものです。交付税制度とは、税収の多い県から少ない県へ「所得の移転(再配分)」を行うものですが、結果の平等を重視しすぎた制度になっています。極論すれば、何も努力しない自治体でも交付金が多く交付されるという不思議な仕組みになっているのです。もちろん、島根県が何も努力していないと言っているのではありません。もし仮に、島根県が企業誘致を熱心に行った事により、税収が増えたと仮定しましょう。その結果は、頑張った島根県への国からの交付税が減ってしまうという仕組みになるのです。努力すれば減らされ、努力しなくても交付されるという変な仕組みになっているのです。

(2)何故、ハコモノ優先? ~石川県時代の思い出~
 私が石川県に赴任していた頃、商工課長として新しい産業を育てるという視点から、情報産業の技術開発に1億円ほどの予算を組もうとしたことがありました。ところが県の財政担当者は、自治省の交付税の仕組みを熟知しており、「1億円あれば10億円の建物が建つ」と言って、私の構想に反対の意向を示したのです。財政担当者の論理は、「1割分の自主財源を確保できれば、ハコモノを建てる場合、残り9割は地方債を発行して調達することができ、その借金の元利分の約半分は交付税という形で国から補助があるのだから、ぜひハコモノをつくるべき」だというものです。財政担当者としては「何よりハコモノ」という発想がしみついているわけで、私たちの構想をもったいないと判断したのです。
 しかし、必要でもないハコモノを優先する行政を続けていたのでは、地域の自立はありえません。何もハコモノが全て悪と言いたいのではありません。まだ道路や下水道の整備も必要な地域はたくさんあります。一刻も早く整備すべきです。しかし、無駄な建物はいらないのです。結局、私たちはさんざん議論したあげく、最終的に約6500万くらいの予算を確保しました。そして石川県の誇る九谷焼や輪島塗りのデザインをデジタル化して全国に紹介していくためのソフトやシステムを開発することに成功し、今日、地元のデザイン会社や印刷会社が新しくデジタル化していくきっかけをつくることになりました。
 こうした例をみてつくづく思いますが、今の財政制度(交付税制度)は、戦後、インフラ整備を急いだ時代のハコモノ優先の考え方が残っており、新しい時代に本当に必要な予算を生み出す制度になっていないのです。

(3)地方税・地方債
 固定資産税や住民税などの地方税の税率もしかりです。基本的に全国どこでも地方税率は同じです。海外のように地方によって住民税率と消費税率が異なるということはありません。国がコントロールして「一律」としているのです。例えば、企業誘致を進めようと思って地方税を安くすると、税を下げるくらい余裕があるとみなされ、交付税が減らされます。逆に横並びにしていれば、従来通りの交付税が交付され、結局は何もしなくてもいいというおかしな現象を生んでいるのです。これでは、地域の自立は進みません。何もしなくても国からの補助(交付金)を受けられるのなら、誰が真剣に地方の財政や活性化を考えようとするでしょう。私は、中央でコントロールする地方税制のあり方も、地域の自立を妨げる大きな要因だと考えます。
 最近になって、東京都や大阪府が銀行に独自課税をするようになりました。また、杉並区で買い物袋に課税する構想や、三重県でゴミに対する課税を検討し始めるなど、地域ごとに独自財源を持とうという動きが出てきました。そうした動きは歓迎すべきことです!また、企業誘致や税収アップに努力した自治体については、交付税が減るのではなく、逆に何らかのインセンティブ(プラス)につながるような制度を設けるなど、地域の努力を促す、即ち自立を求める仕組みを考えていくべきだと思います。
 また、地方債にしても、財政状況のいい県も悪い県も同じ条件(金利)で、借金ができるのはおかしいです。市場原理を導入し、財政状況の悪い県は高い金利でないと地方債を発行できなくし、財政改善の努力を求めるべきです。この意味で、郵便貯金などから成り立つ財政投融資(財投)で地方債を引き受けるのは問題です。国債も同様です。いくら国債を発行しても財投が引き受けていると、金利の上昇が押えられてしまうのです。市場(マーケット)からの警報が鳴らないようになっているのです。
 つまり、本来なら、危険度が高い(財政状況の悪い)自治体の債券など買い手が少なくなり、金利が高くなるはずなのに、財投が買う限り、金利の上昇が押さえられ、自治体の財政に対する危機感が薄らぎます。この財投制度は、他に日本道路公団など特殊法人の財源となっており、戦後、日本の復興、インフレ設備に重要な役割を果たしてきたのは事実で、国民の貯蓄意欲を生かしたよく考えられた制度です。しかし、今や赤字の特殊法人、天下りの温床となっている特殊法人、そして、無駄な公共事業の存命に使われているのです。特殊法人について、全廃する覚悟で、徹底的にその必要性(民間企業でできない理由)、存続理由、効率性を見直し、財投制度もその規模も順次縮小すべきだと思います。
 むしろ、255兆円にのぼる郵便貯金は株式市場に投資された方が株価対策になるし,ベンチャ―企業に投資をすれば、新しい雇用を生み出す新規成長産業の支援策になります。この4月から、郵便貯金が自主運用されることになったのは、改革の第一歩ですが、皆さんも、郵便貯金がムダな道路に使われるより、将来の日本経済を支える新しい産業に投資された方がいいとは思いませんか?

(4) 「地方が主役」「住民が主役」の時代~「住民力」「市民力」が町をつくる~
このような地方財政の基本制度を変えていかない限り、地域の自立はありません。横並びのぬるま湯につかってしまっているのです。もちろん収入の少ない県が、収入が少ないままでいいとはいいませんが、税収の多い県から少ない県への所得の移転(交付税)はもっと少ない規模でいいのです。あくまでもセーフティーネット(生活の最低基準)を維持するためのものとし、その水準が今の制度では高すぎるのです。全てを一律に考え、結果の平等を追求する仕組みから抜け出さないかぎり、個性ある地域づくりは進まないのではないでしょうか。そのためにも、現在、「3割自治」と言われる「地方税による自分の収入は全体の3割しかないのに、仕事の7割が国の仕事」という制度を改めなければなりません。つまり、70%分も国から地方へ移転し、所得の再分配をしているのは、そもそもの地方税分を増やした上で、所得の移転は最小限にすべきです。すなわち、「国税:地方税」がせめて「1:1」くらいとなるよう、権限とともに財源も地方に渡さなければなりません。
 先日、私は北欧3か国を訪問する機会を得ましたが、各国とも、地方自治によってユニークな地域づくりに取り組んでいました。いずれの国も、地域によって地方税率が大きく異なります。
 私は、地域が自立するためには、国のメニューに従った全国一律の街づくりではなく、自分たちでその地域の個性を生かした独自の街づくりをすることが重要だと思います。そうして、初めて多様な地域が生まれてきますし、それにより初めて多様な考え方が生まれてきます。こうした多様な地域がたくさん出てくることで、日本全体が活性化していくと思います。プロ野球ではありませんが、全員4番バッターを並べても本当に強いチームにはなりません。足の早い人もいれば長距離を打つ人もいる。またバンドのうまい人も守備のうまい人もいる、といったように、それぞれ自分にあった地域づくりをめざすことが大切ではないでしょうか。そしてその際、問題解決の糸口になるのが交付税、地方税、地方債のあり方だと思っています。「財源なくして権限なし」です。 
したがって、交付税制度の在り方、国税と地方税の割合など、地域が自立し、自分たちの個性、アイディアを活かして活性化していく仕組みを構築していくこと。国がすべてを決めて、地方がそれに従う、そんな時代はもう終わりなのです。まさに、「地方が主役」「住民が主役」です。そして、住民の成熟度、政治への参加度によって、地域のまちづくりに差が出てくるのです。いわば「住民力」「市民力」が自分たちの生活環境を決める時代なのです。

(5)廃藩置県から廃県置藩
 地域活性化の話をする場合、最近の市町村の合併の話を避けて通ることはできません。私は、廃藩置県ならず廃県置藩という考え方を持っています。江戸時代においては、兵庫県で4藩、全国で約300の藩がありましたが、地方自治を考える場合、町で昔の藩単位くらいの規模、おそらく今の小選挙区(人口40万くらい)の規模で考えていくのがいいのではないでしょうか。
 今の市町村合併の話は3000ある市町村を1000くらいにしようというものです。しかし、私はもっと大胆にやるだと思います。
神戸市(人口約140万人)72人、明石市(人口約30万人)32人。各々の市の市会議員の数です。さて、人口約16万人の淡路島に、現在、市会議員、町会議員の方は合計で何人いるでしょうか。正解は、「160人」です。
 現在、地元の淡路島で合併問題が議論されています。歴史的、文化的、経済的背景や地理的条件など様々な要素が絡み、簡単な問題ではないことは十分承知しておりますが、あえて大胆な提言をするとすれば、やはり、時代の流れから言って「1市」になるべきだと思います。
 前述の議員さんの数でも1市になって仮に「30人」の市会議員数になるとすれば、130人分の給与、経費などが削減できます。仮に、1議員当たり年間1,000万円ぐらいの給与、経費とすれば、1,000万円×130人=13億円、これだけの削減効果があります。もちろん1市となれば、福祉やゴミ収集、公共事業といった行政サービスの本質的な面で、もっと効率化が図られコスト削減になることは言うまでもありません。
 全国約3,300の市町村で、特に、約2,600の町村でこのような合併を思い切って推進すれば、少なくとも1~2兆円のコスト削減効果が期待できます。ちなみに、消費税1%で約2兆円の増収があります。今後、できるだけ消費税率を低く保つためにも、思い切った市町村合併を進めなければなりません。現在の議員さんには怒られるかもしれませんが、国、地方自治体の財政状況、将来の地方主権を考えるなら大いなる決断が必要です。



(つづく)"