活動報告

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2006.08.05

現旧社会主義国(中国・モンゴル・ロシア・インド)出張報告<その9>~インド~

1.昨年から7回目のインド訪問。勝手知ったる我が庭の感覚で、ニューデリーの街中を行く。ロシアの航空会社アエロフロートの遅れで夜中の2時にデリー到着である。途中、カスピ海にさんさんと輝く油田の開発現場が見れたし、雲の上から雷が光るのを何度も見た。さて今回は、いつものオベロイホテルではなく(北側大臣が泊まっていたかららしい)、インド最大の財閥・タタグループが経営するタージパレス・ホテルである。

2.寝たと思ったら、経産省から在インド・日本大使館に出向している豊福書記官の電話でたたき起こされた。時計を見ると7時半である。いくら元気がとりえの私でも、さすがに海外出張も9日目となると、疲れが出てくる。時差も何もわからなくなってはいるものの、目が開かない!めちゃくちゃ眠い!「あと30分!」と叫んで、30分爆睡した。ほんの2,3分の感覚であったが・・・。

3.8時半からは、おなじみCII(インド工業連盟)との朝食会。ラジャスタン州が日本企業向けの工業団地を整備してくれるとの朗報を話題に、日本企業とインド企業の連携の話で、議論が進む。今回は、我が兄貴分・塩崎外務副大臣が一緒である。さすがに、政界一とも言われる流暢な英語で、かつ、明晰な頭脳で論点を整理してゆく。大変有意義な朝食会であった。

4.そのあと、私は、塩崎さんとは別行動。インドの盲学校を視察した。多くの若者が学び、そして技術の研修を受けている。最近、デリー国立大学の中に大学部門も設置したとのことである。思わず、地元淡路島の洲本の盲学校と何か連携ができないものかと、考えた次第である。コンピュターの技術を学んだり、鍼灸の技を習得したり、共通点や同じ悩みがあるはずである。何か協力できることを模索したい。

5.そして、今回の最大の目的、インドの若手有力国会議員との昼食会である。旧知のデオラ議員(父親が石油ガス大臣)、て鉄鋼王の次男・ジンダル議員、日本財団の美人インド・ロビイイスト(?)の多田女史お勧めの、パンダ議員(鉄鉱石の産地オリッサ州選出)、そして、あのガンジーの孫、ラフル・ガンジー議員。みんな40才前後。これから少なくとも20年は一緒にやれるメンバーである。実際、インド料理のランチは盛り上がった。ロシアや中国に対する見方、アメリカ・オーストラリアとの連携の可能性、などなど話は尽きなかった。塩崎さんも満足そうな表情であった。一緒に来た甲斐があったというものである。総裁選に向けて日本での近々の打ち合わせを約束し、一足先に私は空港に向かった次第である。

6.そして、空港への途中、ジェトロが開設した、日本企業向けの貸しオフィスを見学。早くもすべてのブースが埋まり、先々の予約も一杯だそうである。ようやく、インドブームの到来である。こちらも7回通った甲斐があった。おそらく、この1~2年で数十社は、インドに進出するであろう。今後もしっかりとサポートしたい。

7.さらに、デリー訪問の際には恒例の「デリー猛虎会」との懇談会である。このたびジェトロの投資アドバイザーに就任してもらった、おなじみオベロイホテルの大穀さんが幹事長のタイガースファンの会である。地元明石の藤本選手の話題で盛り上がりながら、デリーに事務所を持つ日系企業のみなさんの近況や、日本政府への要望などをしっかりヒアリングさせてもらった。みなさん、大忙しのようである。「次回はいつ来られますか」との質問をいただきながら、さすがに8月上旬は地元のお祭りを中心に挨拶周り、国政報告であり、8月後半からは総裁選挙である。「おそらく10月か11月でしょう」と約束し、デリーを後にした。

インドの若手有力国会議員と。真ん中、塩崎代議士の左隣がラフル・ガンジー議員。
盲学校の先生たち。
目が見えないのに、プレス棒を使って金属板に穴をあける作業です。
製本の作業。

ろうそくづくりもお手のものです。
パソコンはまさしく「ブラインド・タッチ」。
マッサージも学んでいます。
ジェトロ事務所と貸しオフィスの入ったビル。ニューデリーの中で有数の高品質ビルです。

貸しオフィス「ビジネス・サポート・センター」で、日本企業の方々と。
その「ビジネス・サポート・センター」の看板も見えます。
インド・デリーから約7時間、地元の淡路島の上空を通りました。10日ぶりの日本です。写真左上に淡路島と明石市。
雲の上に富士山も見えました。緊張が解け、やっと心がなごみます。
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