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分かち合いのこころを学ぶ場、家庭を基点に
朝6時半に起きて毎日15分(たった15分ほどですが)、9歳、7歳、5歳の娘たちのノートのまるつけをしながらその言葉に耳を傾けている。2003年に議員になってからもスケジュールを調整して月1回は子どもたちと遊んでいる。自分が精神的に癒される時間でもある。

今家族の価値を見直す時がきている。いままでの世代には、いい(と言われる)大学、大企業を、そして、大企業の中で管理職を目指せばいいという目標(正しいかどうかは別として)があり、それに向かって頑張っている限り、親にも社会にも認められた。認めてくれる上司がいた。社会の大きな変わり目の今、価値観が多様化し、目指すものが見つけられない若者たち、成績だけで序列づけされることを疑問に思う生徒たちが増え、戸惑いが広がっている。人間は両親や友だち、仲間など誰かに認められることにより、生きていく意味を認めていく。子どもにとって認められる場はまず家庭、両親だと思う。また父親にとっても家族が認めてくれることが働く意欲につながる。お互いに認め合い、安心した環境の中で、自分なりに生きる意味、働く意味を見つけていくのである。

家族で過ごす時間をつくる
通産省の新人の官僚だった頃は、月250時間も残業する毎日だった。その後、石川県庁に出向した時期は、自宅と職場が近く、よく昼休みにうちに帰ってお昼を食べたり、生まれたばかりの長女をお風呂に入れたりと、わずかな時間だけど家族で楽しいひとときを過ごしてきた。今は毎年必ず夏休みと冬休みに4日間は家族水入らずの旅行をしている。子どもたちとべったりの時間を過ごし、成長を確認しあう貴重な機会となっている。

コミュニケーションが思いやりや分かち合いの心をはぐくむ
カニやヤドカリをみつけたり、セミをとったりすることが好きな娘たち。自然や生き物とふれあいながら育てている。自然との関わりの中で自然の大循環や生命の大切さを学んでいる。また、子ども同士も夫婦でも、話を聞くこと、伝えることなど積極的なコミュニケーションを心がけている。家族だから言いたいことを言い合い、時にはけんかもするけど、お互いに思いやり、我慢しあうことも学んでいく。同じ状況でも、みんなが「奪い合えば足りなくなり、互いに分かち合えば余る」ものである。これは結婚式のときに先輩が贈ってくれた言葉である。食料や石油をめぐる国同士でも同じである。求めるだけではなく、どうすればみんなが満足できるか、という気持ちを持つことが大事である。

最近、土日にボランティアやNPOに参加するサラリーマンのお父さんたちが増えている。家族や自然環境、スポーツなど、経済的価値以外の価値が大切にされてきたことの表れだと思う。日本の社会が成熟社会に向かって大きく変わり始めたきざしではないか。