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47才の誕生日を迎えて。
1.10月15日(木)、47回目の誕生日を迎えた。朝から、たくさんの方からメールやお電話でお祝いを頂いた。本当にうれしい限りだ。思い起こせば、1999年に地元に戻り、政治家を志して、ちょうど10年。最初の選挙(2000年)での落選、そして4年近い浪人生活と、決して楽な道のりではなかったが、多くの皆さんにご支援頂き、お支え頂いて何とかここまでやってこれた。本年8月には3期目の当選を果たすことができ、そして、自民党総裁選にまで立候補することになった。地元をはじめ、多くの皆さんの応援があってこそである。心から感謝申し上げたい。

2.しかし、野党となった今、これからの10年間は、これまで以上に厳しい道のりである。今般、石破茂・政調会長のもと、政調副会長兼事務局長を拝命し、本日朝10時から「政調副会長・部会長会議」が開かれた(写真)。「政権政策委員会」の準備会合である。この場を通じ、より良い政策を提案し、国会論戦を行っていくのであるが、政権奪回への道筋をつけられるか、私にとっても大きな試練である。

3.石破会長からは、「野党の政調は、与党時代の3倍も5倍も働かなければならない」との言葉があったが、まさにその通りである。官僚は野党には来ないから、自分たちで調べなければならない。自民党にとって、ちょうどいい機会である。官僚依存から脱却し、自分の頭で考え、政策を立案する仕組みづくりの絶好のチャンスだ。国会図書館で文献に当たり、有識者や若い学者、研究者と意見交換し、そうした方々とのネットワークも構築していかなければならないのである。

4.民主党政権は、政治主導でスピード感を持って仕事をしている。国民からは70%近い支持もある。特に、中堅・若手の副大臣・政務官が最前線で仕事をしている姿が新鮮に写るのだと思う。我々自民党政権時代にも、大臣が副大臣、政務官を指名し、チームとして一体的に仕事ができるように、何度も提案したが、“派閥順送り”“派閥均衡”の壁に阻まれ、実現できなかった。大変残念なことだが、自民党政権では、副大臣・政務官の活躍の場は限られていたのである。民主党の副大臣・政務官には是非頑張ってほしいし、我々自民党も見習わなければならない。

しかし、仕事の中身や方向性、やり方には大いに異論がある。政策の優先順位や全体の“戦略”“方向性”も決めずに、「削れる予算はすべて削れ」のやり方や、マニュフェストに書いてあるからと言って、地元住民の声も無視して事業中止を決めるやり方、さらには、将来の税収の源となる新産業の育成や成長のための予算も削減しており、こうした点については、国会で徹底的に議論したいと思う。

5.一方、我々自民党も変わりつつある。特に中堅・若手の人事の仕組みだ。今回、各分野の政策決定の責任者である「部会長」の人事は、派閥や当選回数に全く関係なしに決められた。おそらく自民党始まって以来のことである。当選5回の先輩の部会長もおられれば、初当選の新人の部会長もいる。そして、部会長代理や副部会長の人選も部会長に一任されている。従来は、こうした部会の人事は、派閥が調整していたが、今回、派閥は一切関与していない。そのため、若干の混乱もあり、事務局長である私が調整に入ったりしているが、こうした変化は自民党が生まれ変わるための大事なステップである。
さらに、各部会の会議も原則フルオープンにしよう、という提案もなされた。そもそも野党の会議はほとんど報道されないから、若手中心にちゃんと議論しているんだ、という自民党の姿を理解してもらうにはいいチャンスだし、密室で物事を決めているイメージの払拭にも役立つはずである。会議をオープンにすることも自民党が変わる大事なステップだ。

6.このように、自民党の古いやり方をこれからどんどん変えなくてはならない。幹部人事がベテラン中心だとか、派閥均衡だとか批判もされているが、少なくとも政策立案の最前線には、中堅・若手が就任したし、国会論戦でも中堅・若手が最前線に立つ。自民党が変わっていく姿を見てもらうのはこれからだ。