西村やすとしプロフィール


- 明石駅前・東仲ノ町商店街の大崎時計店の孫として生まれる。祖母は淡路町出身。

- 兵庫県明石市二見の市営住宅で幼少期を過ごす(右は弟・よしひろ君)。

- 中学校時代は、生徒会長・応援団長として活躍。クラスの人気者。また、陸上部に所属し3000メートルで明石市内4位。駅伝ではアンカーをつとめましたが、最後の最後に抜かれ残念ながら2位に。
高校時代は野球部に所属。ここ一番の勝負強さは有名でした。

- 奨学金を頂き大学に進学。 学生時代はボクシング部で9勝2敗。体力には自信があり、この夏の暑さも平気でした。

- 通産省時代に中小企業の福祉機器の開発を応援。石川県の商工課長として地方行政も経験しました。

- 37歳で衆議院選に初挑戦。5,400票差で惜敗。4年近い浪人生活の苦しさを誰よりも知っています。

- 浪人中は、毎日駅立ちや、地域を隈なく歩きました。その経験が肥やしとなり地元のために力を尽すさらなる決意となる。

- 地元のビーチサッカー大会、ミニバレー大会に参加。その後、兵庫県サッカー協会副会長に就任。

- 苦労の末の初当選。明石鯛を持ってバンザイ。 最初から応援して下さった皆さんとともに喜びを分かち合いました。

- 家族は、子どもたちもこんなに大きく成長。今やかしまし四人娘(!?)です 。

- ニューヨークに於いて行われた国連安全保障理事会で演説(平成20年12月16日)。外務大臣政務官としてソマリア海賊対策等について、日本政府を代表し我が国の考え方を表明。

- 3期目の当選を地元明石の鯛を持ち上げ喜ぶ。

- 自民党総裁選に立候補(平成21年9月)。結果は国会議員票第2位の43票、地方票約5万票(全体の約一割を獲得)。総裁就任は将来に持ち越し。

- 衆議院本会議で、自民党を代表して、鳩山総理(当時)に対し代表質問(平成21年10月28日)。自民党が野党となって初めての代表質問であり、若手のトップバッターとしての責任を果たす(その内容はこちら)。

- 衆議院予算委員会で質問に立つ(平成22年10月13日)。経済政策を中心に、菅総理、野田財務大臣、前原外務大臣に対し、民主党政権の問題点を問い質す。

- 2010年夏の参議院選挙では、全国各地の候補者の応援に奔走(2010年7月)。

- 石原伸晃幹事長、林芳正政調代理と共に北海道で講演会(2010年10月)。
- 昭和37年10月15日生まれ。49才。B型。
- 明石・東仲之町の大崎時計店の孫、サラリーマンの長男として二見に育つ。祖母は淡路町出身、弟の嫁の両親は北淡町出身。
- 神戸大附属明石中学校、灘高校、東大法学部卒業、通産省入省後、米国メリーランド大学院で国際政治・経済を学び卒業。(この間、陸上、野球、ボクシング部で活躍)
- 通産省時代、風力発電の導入促進、アルミ缶のリサイクル制度の制定に尽力、ブラジルの「地球環境サミット」に出席するなど、エネルギー・環境分野で活躍。中小企業の新分野進出・IT化など支援。石川県商工課長も経験し、地方主導のまちづくりを実践。
- 平成11年7月、通産省環境立地局調査官を最後に、官僚としての仕事の限界を感じ、退官。「政治がかわらなければ、日本は変わらない。政治が国の方向性、政策の指針を示すべし」との信念のもと、政治家を目指す。
- 平成15年衆議院議員総選挙において初当選、平成17年、2期目の当選。
- 平成21年3期目の当選、自民党総裁選立候補。
- この間、外務大臣政務官、党改革実行本部副本部長などを務めるとともに、議員立法で「海洋基本法」「宇宙基本法」「安全水域法」「地理空間情報活用推進基本法」等を制定。
- 家庭では3人の娘の子育て実践中。(趣味:秘境巡り、映画、俳句、茶道、カラオケ、観劇、写真、マラソン)

- 平成12年6月25日、衆議院選挙兵庫9区より立候補し、64,630票をいただくが5,489票差にて次点。

- 第43回(平成15年)11月9日、衆議院議員総選挙(兵庫第9区)において、86,631票を頂き、初当選。

- 第44回(平成17年)9月11日、衆議院議員総選挙(兵庫第9区)において、136,605票頂き2期目の当選。

- 平成19年11月版ポスター

- 第45回(平成21年)8月30日、衆議院議員総選挙(兵庫第9区)において、137,190票頂き3期目の当選。
(三期目の立候補の際の公約)
著書

- 生き残る企業・都市
(同文書院)

- リスクを取る人・取らない人
(PHP研究所)

- 国家の生命線
(PHP研究所)

- 新(ネオ)・ハイブリッド国家
日本の活路
(スターツ出版)