西村やすとしプロフィール


明石、淡路のために本気でやる人若手改革派のリーダー!

明石駅前・東仲ノ町商店街の大崎時計店の孫として生まれる(1962年10月15日)。祖母は淡路町出身。
兵庫県明石市二見の市営住宅で幼少期を過ごす(右は弟・よしひろ君)。
中学校時代は、生徒会長・応援団長として活躍。クラスの人気者。また、陸上部に所属し3000メートルで明石市内4位。駅伝ではアンカーをつとめましたが、最後の最後に抜かれ残念ながら2位に。
高校時代は野球部に所属。ここ一番の勝負強さは有名でした。

奨学金を頂き大学に進学。 学生時代はボクシング部で9勝2敗。体力には自信があり、この夏の暑さも平気でした。
通産省時代に中小企業の福祉機器の開発を応援。石川県の商工課長として地方行政も経験しました。
37歳で衆議院選に初挑戦。5,400票差で惜敗。4年近い浪人生活の苦しさを誰よりも知っています(2000年6月)。

浪人中は、毎日駅立ちや、地域を隈なく歩きました。その経験が肥やしとなり地元のために力を尽すさらなる決意となる。
地元のビーチサッカー大会(2000年)、ミニバレー大会に参加(2001年)。その後、兵庫県サッカー協会副会長に就任(2008年4月)。
苦労の末の初当選。明石鯛を持ってバンザイ。 最初から応援して下さった皆さんとともに喜びを分かち合いました(2003年11月)。

家族は、子どもたちもこんなに大きく成長。今やかしまし四人娘(!?)です(2008年8月)。
ニューヨークに於いて行われた国連安全保障理事会で演説(2008年12月16日)。外務大臣政務官としてソマリア海賊対策等について、日本政府を代表し我が国の考え方を表明。
3期目の当選を地元明石の鯛を持ち上げ喜ぶ(2009年8月)。

自民党総裁選に立候補(2009年9月)。結果は国会議員票第2位の43票、地方票約5万票(全体の約一割を獲得)。総裁就任は将来に持ち越し。
衆議院本会議で、自民党を代表して、鳩山総理(当時)に対し代表質問(2009年10月28日)。自民党が野党となって初めての代表質問であり、若手のトップバッターとしての責任を果たす(その内容はこちら)。
衆議院予算委員会で質問に立つ(2010年10月13日)。経済政策を中心に、菅総理、野田財務大臣、前原外務大臣に対し、民主党政権の問題点を問い質す。

2010年夏の参議院選挙では、全国各地の候補者の応援に奔走(2010年7月)。
石原伸晃幹事長、林芳正政調代理と共に北海道で講演会(2010年10月)。
谷垣総裁と福島県の原発周辺の被災地を訪問し、避難所に避難されている方々や、被災地の首長と面談し、様々な要望を伺った(2011年3月)。

NHK日曜討論に出演し、原発政策、エネルギー政策について、与野党責任者間で討論(2011年5月、7月)。
衆議院東日本大震災復興特別委員会で3度質問に立ち、原発対策や省エネ政策などについて質問を行う(2011年5月、7月、10月)。
参議院東日本大震災復興特別委員会で「再生可能エネルギー買取法案」修正案を取りまとめ、法案提出者として何度となく答弁に立つ(2011年8月)。

衆議院本会議において、野田総理に対し、復興財源確保法案等について、自民党を代表して質問(2011年11月)。
衆議院予算委員会で質問に立ち、デフレ・円高対策を中心に、安全保障やTPPについても議論した(2012年2月)。
四期目の当選。今回は、党の選挙対策局の事務局長であったため、開票当日は、地元ではバンザイできず、党本部で、石破幹事長と一緒に自分のバラをつけました(2012年12月)。

明石での国政報告会で、地元名産の鯛を持ち上げ、目一杯感謝の気持ちをあらわします(2012年12月)。
内閣府副大臣を拝命しました。担当は、経済再生、経済財政政策、社会保障と税一体改革、拉致、防災、国土強靭化、NPO、PFIです。重責を自覚し、しっかりと責任を果たしてまいります(2012年12月)。
拉致問題担当副大臣として、安倍総理、古屋拉致問題担当大臣とともに、拉致被害者の家族の方々と面談しました(2012年12月)。

年末返上で、甘利経済財政担当大臣と補正予算など経済対策の詰め、各省間の調整を行いました(2012年12月)。
日本経済再生本部の看板掛け。連日、遅くまで詰めの作業が続きました。安倍総理、甘利大臣をしっかりお支えし、一日も早い日本経済再生を実現したいです(2013年1月)。
全閣僚出席の日本経済再生本部がいよいよ始動です。担当副大臣として末席で頑張ります!産業競争力会議の設置・メンバーも決まり、成長戦略を策定・実行していきます(2013年1月)。

3年ぶりに経済財政諮問会議を開きました。安倍総理の後ろでしっかりとお支えします(2013年1月)。
安倍総理とともに、神戸のスーパーコンピューター「京」と再生医療の最前線を視察しました。iPS細胞の基礎研究では世界一だが実用化では欧米や韓国に遅れています。先日発足の産業競争力会議と規制改革会議、総合科学技術会議の連携を深め対応する方針です(2013年1月)。

  • 1962年10月15日生まれ。54才。B型。
  • 明石・東仲之町の大崎時計店の孫、サラリーマンの長男として二見に育つ。祖母は淡路町出身、弟の嫁の両親は北淡町出身。
  • 神戸大附属明石中学校、灘高校、東大法学部卒業、通産省入省後、米国メリーランド大学院で国際政治・経済を学び卒業。(この間、陸上、野球、ボクシング部で活躍)
  • 通産省時代、風力発電の導入促進、アルミ缶のリサイクル制度の制定に尽力、ブラジルの「地球環境サミット」に出席するなど、エネルギー・環境分野で活躍。中小企業の新分野進出・IT化など支援。石川県商工課長も経験し、地方主導のまちづくりを実践。
  • 1999年7月、通産省環境立地局調査官を最後に、官僚としての仕事の限界を感じ、退官。「政治がかわらなければ、日本は変わらない。政治が国の方向性、政策の指針を示すべし」との信念のもと、政治家を目指す。
  • 2003年衆議院議員総選挙において初当選、2005年、2期目の当選。
  • 2009年3期目の当選、自民党総裁選立候補。
  • この間、外務大臣政務官、党改革実行本部副本部長などを務めるとともに、議員立法で「海洋基本法」「宇宙基本法」「安全水域法」「地理空間情報活用推進基本法」等を制定。
  • 主な活動としては、新世紀の安全保障体制を確立する議員の会事務局長(超党派)、日本インド友好議員連盟事務局長(超党派)、日本アフリカ連合(AU)友好議員連盟事務局長、日本・オマーン友好議員連盟事務局長、日本ロシア友好議員連盟事務局次長(超党派)、自民党総合エネルギー政策特命委員会委員長代理、経済・財政・金融政策調査会事務局長など。
    また、東京グルジア倶楽部名誉会長、日本・オマーン協会会長などに加えて、地元では、兵庫県土地改良事業団体連合会(水土里ネット兵庫)会長、兵庫県ビーチバレーボール連盟会長、兵庫県サッカー協会顧問、兵庫県ハンドボール協会顧問など。
  • 家庭では3人の娘の子育て実践中。(趣味:秘境巡り、映画、俳句、茶道、カラオケ、観劇、写真、マラソン)
  • 2012年12月、4期目の当選。内閣府副大臣を拝命。
  • 2014年12月、5期目の当選。引き続き、内閣府副大臣を務める。
2000年6月25日、衆議院選挙兵庫9区より立候補し、64,630票をいただくが5,489票差にて次点。
2002年版ポスター
第43回(2003年)11月9日、衆議院議員総選挙(兵庫第9区)において、86,631票を頂き、初当選
第44回(2005年)9月11日、衆議院議員総選挙(兵庫第9区)において、136,605票頂き2期目の当選。
2005年版ポスター

2007年11月版ポスター
第45回(2009年)8月30日、衆議院議員総選挙(兵庫第9区)において、137,190票頂き3期目の当選。
2011年版ポスター
2012年版ポスター
第46回(2012年)12月16日、衆議院議員総選挙(兵庫第9区)において、120,590票頂き4期目の当選。
2014年版ポスター
第47回(2014年)12月14日、衆議院議員総選挙(兵庫第9区)において、126,491票頂き5期目の当選。

著書

生き残る企業・都市
(同文書院)
リスクを取る人・取らない人
(PHP研究所)
国家の生命線
(PHP研究所)
新(ネオ)・ハイブリッド国家
日本の活路
(スターツ出版)

繁栄か衰退か
岐路に立つ日本
(プレジデント社)
命を守る防災・危機管理(プレジデント社)